昭和の香り 向田邦子2019年02月27日 00:34

 障子に卓袱台、畳のある部屋に縁側のある木造の一戸建ての家。石の門柱と庭の植込み、細い格子の入った引き戸の玄関。ちょっと懐かしい昭和の風景である。お正月三が日ともなれば、どこの家も正月飾りをつけ、ほとんどの商店は店を閉め、真冬のピンと張りつめた冷たい空気の中で、何かいつもと違う特別な時間が流れている。
 今は亡き向田邦子さん(1929-1981)は、脚本家として、あるいは原作者としていくつもの素晴らしいテレビドラマの作品を残した。それらのいくつかの作品は向田邦子新春シリーズとして、1985年から2001年までの17年間、年が変わってまもない1月に放送され、その日を心待ちにしていたものだった。
 ドラマの一つは昭和10年代の半ば、池上本門寺近くに暮す未亡人の母と三姉妹の物語だ。離縁して戻ってきた長女と重い心臓の病を患って家で静養している次女とお茶の水の女学校に通う末っ子の三女だ。そして、その女所帯に知人の娘の恋人だという得体の知れない男が居候として加わる。ドラマの中には晴れ着を着て神棚に手を合わせて家族みんなでお節料理を味わう平和なお正月風景が出てくるが、時代はやがて大きな戦争へと近づいていくどこか暗い影がしのびよるような社会の不安定な時期である。そういった時代背景の中で、思春期の末っ子の少女から見た身近な大人たちの世界が何気ない語り口で回想的に描かれている。
 原作者の向田邦子さんと縁の深かったという黒柳徹子さんの語りと小林亜星さんのほのぼのとした音楽が耳に心地よい。
 これらの向田邦子さん原作の貴重なテレビドラマが、この1月から3月にかけてテレビのBS放送で再放送されていることを知って、楽しんでいる。最初に作品を見た頃からずいぶん長い時間がたち、私自身の年齢も環境も変化した。はたして同じドラマを当時のように楽しめるだろうかと少しドキドキしながら録画した作品を見たが、いつの間にかすっかりドラマに引き込まれて見入ってしまった。ドラマの舞台になっている戦前の時代を実際に知っているわけではないけれど、それは私自身の記憶にある昭和の時代にも結びつくものであり、遠い日の記憶を懐かしく思い出させてくれる素晴らしい作品である。

*写真は昭和時代に撮影したものですが、向田邦子さんの作品とは直接関係ありません。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック