霧の情景 テオ・アンゲロプロス2019年09月16日 22:53

 アコーディオンの調べが流れる中、山あいのぬかるんだ雪道を黙々と徒歩で進んで行く旅芸人の一座の姿がスクリーンに映る。遠景の葉の落ちた樹々の灰色の枝と、積もった雪の白と、一座の人々の身にまとっているコートと帽子の暗褐色の色の組み合わせを見ていると、あたかも白黒映画のようだ。これはギリシャ人のテオ・アンゲロプロス監督(1935~2012)の作品「旅芸人の記録」の映画の1シーンである。複数の国と国境を接しているギリシャという国の歴史は複雑である。この作品は1939年から1952年の政局不安定な時期のギリシャを、アイスキュロスのギリシャ悲劇と重ねて描いている。
 彼の作品は長回しでセリフの少ない映像が特徴的だが(「旅芸人の記録」は232分にも及ぶ)、いずれの作品も重いテーマを抱えながらもその静かに流れていく時間の映像がとても美しい。特に「シテール島への船出」や「エレニの旅」など霧のシーンの映像の美しさはこの上なく、その一瞬一瞬をプリントして額にでも飾っておきたいようである。
 ギリシャといえばこの映画を見るまでは観光パンフレットなどになっている真っ白い壁の家々と真っ青な空と海が明るい陽射しのもとに輝いている「陽」のイメージしかなかったが、大抵の物事には陽があれば陰があるように、彼の映画を見てギリシャの陰の部分、暗く重い部分を知ったような気がする。
 彼の作品の多くの音楽を担当したギリシャ人のエレーニ・カレンドルーの音楽もまた素晴らしい。特に「霧の中の風景」のオーボエが主旋律を奏でる挿入曲は、なんとも美しくも切なく印象的だ。霧の情景と共に、一人の人間の努力ではどうすることもできない人生の悲哀が見えない霧となってヒタヒタと押しよせてくるようだ。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック