秋のソナタ ラモン・デル・バリェ=インクラン2019年11月09日 23:53

 秋の冷たい雨が、死期の近いかつての想い人のもとに急ぎ向かう馬上のブラドミン侯爵の上に静かに降りつづく。それは、夜になれば月の光と燭台の灯りだけが辺りを照らしてくれ、領主と小作人がいた時代のスペイン北西部のガリシア地方の古い石造りの城館での話である。
 日本には「天高く馬肥える秋」という表現があるが、私のヨーロッパの秋のイメージというのは、晴天というよりも曇天で時おり静かな雨が色づいたツタの葉を濡らし、石畳や石造りの建物を濃い灰色に染め上げていくような感じである。
 この物語はそのようなヨーロッパの秋の季節感と、ヨーロッパの田舎の重厚な石造りの城館のエキゾチックな異空間の魅力を連想させるような城館内の造りや庭園、調度品、衣装をさりげなく表した文章が主題をより美しく印象的なものとさせている。今や二人の娘の母親となったが夫や子供たちとは別居中で病にふせっている城館の女主は、自分の死期を悟って幼少の頃から心をよせていた遠戚のブラドミン侯爵に文を書いた。かつては恋多き若者であったブラドミン侯爵も今や髪は白く年老いていた。再会した二人の濃密な時間が描かれる。つかの間の幸せな時間を過ごす二人だが、蒼白くやせ衰えた彼女の横にはすでに死神がよりそっている。異色の恋愛小説である。
 人の一生を春夏秋冬に例えることはよくあることだと思うが、この作品は4部作のうちの1作品で、他に「春のソナタ」、「夏のソナタ」、「冬のソナタ」があり、ブラドミン侯爵の若かりし日からの生涯がつづられている。作者のラモン・デル・バリェ=インクラン(1866~1936)は日本では必ずしも有名な作家とは言えないが、秋になるとふと読みたくなる秀作である。

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