トスカーナの青い空42021年03月07日 12:12

サンタ・マリア・デル・フィオーレ

 フィレンツェの街の中心は、なんといっても花の聖母寺(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)である。建築家ブルネッレスキによって造られたその巨大なクーポラ(天蓋)は、どこにいても一目でわかる。何百段もある狭い石の螺旋階段を、時々壁に張り付くようにして人とすれ違いながら登っていくと、クーポラの上部にあるテラスに出る。息苦しいような暗い空間を登り続けてきた体に外の風が心地よい。椀を伏せたような形の頂上部分は思いのほか狭く、登ってきた人でいっぱいだ。とりあえず一周する。足下は、滑り台のようにゆるやかな曲線を描いて空中に伸びている。クーポラの縁の向こうには、クーポラの赤煉瓦と同じ色の屋根がびっしりと重なりあって広がっている。その焼菓子のような赤褐色のブロックの間を溝のように走っているのは、中世の頃から変わらぬ石畳の通りである。

アルノルフォの塔

 ひときわ高い黒い石の塔は、ヴェッキオ宮のアルノルフォの塔だ。先端に横向きのライオンがついている。その向こうにはアルノ川が静かに流れている。対岸の緑の多い部分は恋人たちの憩うミケランジェロ広場、手前の小高い丘は、ピッティ宮のあるボーボリ庭園である。

  ドゥオモの外壁は白、ピンク、緑の石で美しく装飾され、まるでリボンでラッピングされた高価なプレゼントか、社交界にデビューしたての初々しい少女の春をイメージしたドレス姿のようだ。

 ことに夕方、西日がドゥオモの側面を斜めから照らしたとき、ドゥオモ全体が淡い黄金の光に包まれて、見る者に時を忘れさせる。ジョットの鐘楼の長い影が、細い路地の間に伸びていく。丸いクーポラを見上げると、一羽の鳩が視界を横切って行った。雲一つない明るい青い空が、だんだんと深い青に変わっていく。気がつくと、石畳の上の塔の影は夜の闇に飲み込まれ、街灯に灯りがともっていた。街灯の下でかたく抱きあって熱いキスを交わしている二人のシルエットが、まるでマイセン焼きの陶器の人形か何かのように少しの動きもなく、静かに石畳の上に永遠の時を刻んでいた。 (終) 




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