ヴェネチアの魅力 22019年03月31日 19:50

 ヴェネチアのカーニバルの歴史は1112世紀にさかのぼり、当初は戦いの勝利を祝うものだったそうだ。今のように仮面をつけて仮装を始めたのは、1516世紀頃だった。それはもともとカトリック系の四旬節(四旬節には肉食を断つ)の前に謝肉祭として3~8日間程度行われていた。階級社会が色濃かった当時にあっても、カーニバルの時期だけは平民も貴族も関係なく平等に楽しむことができるようにと素性を隠す仮面と衣装が用いられるようになったそうだ。

 

 

 

 最盛期の18世紀には、1年のうちの6か月もがカーニバルだったという。しかし、それが原因の一つにもなっているのか経済的低迷と国の衰退が始まり、1797年にヴェネチア共和国は崩壊し、それと共にカーニバルも中止を余儀なくされた。その後、カーニバルが再び復活するのは約200年近く後の1979年のことである。今や世界3大カーニバルの1つで、毎年2月から3月にかけての2週間、世界中の観光客がやってくる観光行事となっている。

  

 

 カーニバルのメイン会場のサン・マルコ広場にたどり着くと、辺りはライトアップされ、広い長方形の広場にきらびやかな衣装や仮面をつけた人々が行きかっている。背後の建築物はサン・マルコ寺院にしてもドゥカーレ宮殿にしても鐘楼にしても中世の時代と変わらぬ佇まいであるし、まるでタイムスリップしたような不思議で魅惑的な空間だ。

 

 モーツァルトのようなカールした鬘をかぶって、赤いフロックコートのような上衣に、膝丈のズボンに白いタイツ姿でクラシック曲を演奏している楽団。

広場を囲むアーチ型の回廊で写真撮影をしている一団は、モデルさんとカメラマンとスタッフたちだろうか。カーニバル全盛期時代の高級娼婦をイメージしたのだろうか、高く結い上げられた髪には金箔を塗布したヴェネチアンガラスの髪飾りが付けられ、大きく開いた胸元にはゴールドのチェーンに大粒の琥珀のネックレスが白い肌の上でライトの光に輝いている。ワインレッドのサテン地のドレスは、豊かな胸の下のウエスト部分で一度細くしぼられたあと、腰のラインに沿って再び大きな曲線を描いて、サテン地特有の光沢を放ちながら床にむかって広がっている。黒いレースの扇子を開いて左手にもち、体を少しねじった状態で右手は軽く回廊の支柱にそえられている。ローズ色の口紅にグロスをつけた唇は艶やかで、口元の付けぼくろがなまめかしい。白い仮面の奥に覗くまつ毛の長い暗褐色の瞳は蠱惑的で、カメラのレンズとは目を合わせずに、人待ち顔にもっと遠方に向けられている。 (つづく)

 




シェルタリング・スカイ ポール・ボウルズ2019年03月03日 17:06

 地平線の彼方まで続くゆるやかな砂丘の波。
 ラピスラズリのような澄んだ夜空に浮かぶ半月刀のような三日月の光の下、らくだの隊商の列が音もなく黙々と一列になって進んで行く。
 時おり、らくだが足を運ぶときに砂を踏む音がかすかにするだけで、 あとは広大な空間を絶対の静寂が支配している。

 この上なく美しくも孤独な風景。
 これは、ベルナルド・ベルトリッチ監督の映画「シェルタリング・スカイ」(1990年)のワンシーンだ。
 この映画の原作を書いたのは、アメリカ人の放浪の作家ポール・ボウルズ(1910-1999)である。彼は晩年をモロッコ北部のジブラルタル海峡に面した港町タンジェ(英語名タンジール)で過ごした。
 モロッコの街で魅力的なのは、メディナと呼ばれる旧市街である。そこでは、人ひとりがやっとすれ違うことができるだけの塀と塀にはさまれた狭い路地が、迷路のように右に左にと続く。通りは突然モスクの前の広場に出たかと思うと、またいくつもの細い通りに分岐していく。
 コフルで黒く縁取りされた蠱惑的な瞳だけを出し、全身を慎ましく一枚の布で覆った女性の後を追ったとしても、あなたはいくつかの細い路地を曲がった後、まるで彼女が煙になって消えてしまったかのようにその姿を見失うだろう。
 ただ茫然と立ちつくすあなたのそばをロバにレンガを積んだ職人が悪態をつきながら通り過ぎ、頭の上の丸い盆に積み重ねた焼きたてのパンを積んだ少年が足早に去って行くだろう。
 揚げ物の油の匂いと市場のスパイスの匂い、皮をなめす強烈な刺激臭、人々の体臭、生ゴミの臭い、動物の臭い、商店に並ぶ布地のカラフルな色彩、カセットテープを売る店から流れるアラビア語の歌声、赤ん坊の泣き声、水パイプをくゆらせながらくつろいでいる民族衣装のジュラバの男たちの話し声、あらゆる香りと色と音が一斉にあなたに襲いかかる。
 そして、あなたは時を超えた迷宮の旅人になる・・・・・

ミラベル宮殿の花嫁 ザルツブルグ2019年03月02日 17:13

ザルツァハ川を渡る2月の風は冷たい
純白のウェディングドレスに身をつつんだ
黒い瞳の東洋の少女の頬も心なしか紅潮している

中世の砦ホーエンザルツブルグ城が
悠然と街を見下ろしている
黒いモーニングに身をつつんだ
黒い髪のりりしい花婿は
緊張の面持ちで花嫁を見つめている

北風の精が花嫁に祝福のキスを贈る
一瞬、レースのヴェールが
白鳥の羽のように舞い上がり
花嫁は恥じらいの表情を見せる

広場には市がたち
大聖堂の鐘が時を告げる
モーツァルトの時代から変わらぬ石畳の通りが
永遠の愛を誓った二人の足音を刻む


 以前、知人がオーストリアのザルツブルグにあるミラベル宮殿で結婚式を挙げた。私も参列させていただいた。2月の寒い時期で、小雨模様の天気だったので、中世の町並みを残す美しい景色はモノトーンの印象が強いが、幸せのお裾分けをしてもらったようにとても素敵な思い出として今も残っている。
 ウェディングランチをいただいたレストランは15世紀初頭にさかのぼる歴史をもつ老舗のホテルの中にあり、それはまたモーツァルトの生家のすぐ近くであった。おそらく増改築を何度も重ねたのであろう建物の内部は複雑に入り組んで迷路のようであり、廊下などは敢えて古い石材がそのまま使用されている所などもあるが、寄木細工の床やクラシックな木製の調度品などはピカピカに磨きこまれていて、タイムスリップして中世の館に迷い込んでしまったかのような不思議な気分にさせられた。

天の河地の河 パキスタン 52019年02月23日 16:16

 いつのまにか樹の幹によりかかって眠ってしまった少年は、山羊に顔をなめられて目を覚ました。辺りはすっかり薄暗くなっていて、冷たい風が吹いている。くしゃみを一つして立ち上がると、慌てて山羊を集めて家路についた。
 「ただいま」
 暗い家の中は、何の物音もしない。
 「おじいちゃん!」
 声をかけながら部屋の中に入る。少年の祖父が下を向いて絨毯の上に座っている。チャイ(紅茶)のコップが横に倒れて、赤いアラベスク模様の絨毯の上に黒い染みをつくっている。
 「ねえ、おじいちゃん」
 もう一度声をかけながら肩に手を触れると、そのまま斜め前に倒れてしまった。まるで静かに眠っているような安らかな死に顔だった。
 少年は泣きながら外に出て、夜空を見上げた。山の澄み渡った空に満点の星が輝いている。天にも河が流れていて、天にも人や動物がいることを教えてくれたのも祖父だった。天の河が雪山の向こうに流れこんで、それが地の河につながっているのだと。死んだ人は地の河をさかのぼって天の河にたどりつくと・・・そして、心の中で呼べば、いつでも会うことができるのだと・・・しかし、今は、少年は知っていた。二度と祖父の自分を呼ぶ声を聞けないと。祖父がたくましい胸に自分を抱きしめて、ふしくれだった手で背中を撫でてくれることは二度とないと。もう髯もじゃの頬で、頬ずりをしてくれないと・・・
 涙で潤んだ瞳に天の河はぼやけてゆがんでしまった。眼下では、地の河が静かな水音をたてながら夜の闇へと流れこんでいた。 (終わり)

天の河地の河 パキスタン 42019年02月22日 22:03

 夜明けの最初の一条が暗闇の世界に光を投げかけて、徐々にそれが広がっていくとき、山は低い位置からライトアップされて、自然の生みなす崇高な光と影のショーを演ずる。日中、日が高く昇ると、山はもはや光の陰影を失い、平面的な二次元の世界の中で動きを止める。夕方、西の空に日が傾き始めると、再び山々は生き生きと蘇る。雪の上に光のあたった部分は薄桃色に色づく。
 少年はそのピーチ色に染まった雪山を見ながら、昔会った少女の上気した頬にそっくりだと思った。それはまだ優しい母がいて、南のにぎやかな町に住んでいた頃のことだった。白い半袖のワンピースを着た金色の髪の少女が、風に飛ばされた麦藁帽子を追いかけて走ってきた。少年が帽子を拾って目を上げると、色白の陶器のような肌が走ってきたせいで薄くピンクに染まったお人形さんのように愛らしい顔の青い瞳と目があった。少女は笑顔で「サンキュー」と言うと、帽子を渡してくれるように右手を差し出した。笑うとえくぼができた。少年は恥ずかしかったので、怒ったような顔をして無言で、ただ帽子をもった右手を前に差し出した。少年は山に来てから、雪山が夕焼けに色づくのを見るたびに名前も知らないあの少女のことを思い出した。 (つづく)