シェルタリング・スカイ ポール・ボウルズ2019年03月03日 17:06

 地平線の彼方まで続くゆるやかな砂丘の波。
 ラピスラズリのような澄んだ夜空に浮かぶ半月刀のような三日月の光の下、らくだの隊商の列が音もなく黙々と一列になって進んで行く。
 時おり、らくだが足を運ぶときに砂を踏む音がかすかにするだけで、 あとは広大な空間を絶対の静寂が支配している。

 この上なく美しくも孤独な風景。
 これは、ベルナルド・ベルトリッチ監督の映画「シェルタリング・スカイ」(1990年)のワンシーンだ。
 この映画の原作を書いたのは、アメリカ人の放浪の作家ポール・ボウルズ(1910-1999)である。彼は晩年をモロッコ北部のジブラルタル海峡に面した港町タンジェ(英語名タンジール)で過ごした。
 モロッコの街で魅力的なのは、メディナと呼ばれる旧市街である。そこでは、人ひとりがやっとすれ違うことができるだけの塀と塀にはさまれた狭い路地が、迷路のように右に左にと続く。通りは突然モスクの前の広場に出たかと思うと、またいくつもの細い通りに分岐していく。
 コフルで黒く縁取りされた蠱惑的な瞳だけを出し、全身を慎ましく一枚の布で覆った女性の後を追ったとしても、あなたはいくつかの細い路地を曲がった後、まるで彼女が煙になって消えてしまったかのようにその姿を見失うだろう。
 ただ茫然と立ちつくすあなたのそばをロバにレンガを積んだ職人が悪態をつきながら通り過ぎ、頭の上の丸い盆に積み重ねた焼きたてのパンを積んだ少年が足早に去って行くだろう。
 揚げ物の油の匂いと市場のスパイスの匂い、皮をなめす強烈な刺激臭、人々の体臭、生ゴミの臭い、動物の臭い、商店に並ぶ布地のカラフルな色彩、カセットテープを売る店から流れるアラビア語の歌声、赤ん坊の泣き声、水パイプをくゆらせながらくつろいでいる民族衣装のジュラバの男たちの話し声、あらゆる香りと色と音が一斉にあなたに襲いかかる。
 そして、あなたは時を超えた迷宮の旅人になる・・・・・

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