ヴェネチアの魅力 12019年03月30日 23:53

 2月の夜、運河沿いの石造りの古いホテルの静かな部屋の中にいると、外の水音が思いのほか大きく聞こえてくる。

  

 それは運河の水が波打って両側の建物の外壁にあたる音であったり、時おり通り過ぎるゴンドラの揺れによるものなのだが、あたかも室内楽の通奏低音のように途切れなく響いている。ヴェネチアの町は大運河と呼ばれる大きな河のように幅広い運河とゴンドラ一艘がやっと通れるような細い路地裏の運河が縦横無尽に張り巡らされている。それは、まるで心臓から出た動脈と体の隅々の毛細血管が人の全身を取り巻いて生命を維持してくれているのと似ている。大小の運河は美しいだけでなく、人の移動、物資の輸送を担う重要な生命線である。

 

 ホテルの前の小さな石の橋を渡り、建物と建物の間に挟まれた細い石畳の道をサン・マルコ広場に向かって進む。どこかからコツコツという足音と微かな人の声が聞こえるが、夜の路地に人影はない。細い路地は緩やかにカーブしていたり、行き止まりがあったり、建物の下をくぐっていたり、右に左に分かれ道があったりと見通しが悪い。自分の心臓の鼓動が大きくなるのを聞きながら、速度を速めて薄暗い夜道を急ぐ。すると、突然、右前方の暗闇の中から人影が現れた。よく見ると、見逃してしまいそうな狭い道が右手に続いている。黒いマントに月の形をした黄金色の仮面をつけた男性と、金糸の刺繍の施された深い緑色の足首まであるベルベットのドレスに目元だけの仮面にヴェールをつけた女性が現れた。おそらく仮装をしてカーニバルのメイン会場であるサン・マルコ広場に向かう人たちだ。 (つづく)




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