モロッコ ― 2019年01月01日 16:27
夜、塩を運ぶ隊商の男たちが、着古したウールのジュラバに身を包んで無言で火を囲む。一人の男が懐から取り出した笛を吹く。満ちた月の冴え渡った光が静まりかえった砂漠を白く照らし出す。愁いを帯びた、いつ終わるともしれない単調な調べの笛の音に誘われて、砂漠のジン(魔人)たちが妖しく踊りだす。
エトルタ ~アルセーヌ・ルパンに会いに~ ― 2019年01月02日 11:42
ここはフランスの北部ノルマンディ地方の海岸に面した小さな町エトルタ(Etretat)。
7月の昼下がりは力強い透明な明るい光に満ちている。弧を描いた海岸では、海水浴客たちが角のとれ丸くなった小石の上に全身を投げ出して太陽の恵みを受けている。弓なりになった海岸の両側は、小高い丘になって海に突き出している。その左側のアヴァルの断崖のすぐ先にマンモスの牙のような、あるいは巨大な針の先のような円錐形の岩が海の中に立っている。
そう、ここは怪盗アルセーヌ・ルパンがフランス王家の財宝を隠していた「奇巌城」。フランスの小説家モーリス・ルブラン(1864-1941)が著した推理小説「奇巌城」(原題「L'aiguille creuse」)の舞台である。
フランス語の原題は、空洞の針という意味であり、L'aiguille(針)は現地での奇岩の呼び名である。
近くには作家が20年以上にわたり毎年夏を過ごしていた別荘がある。(現在は博物館になっていて中を見学できる)
キプロス ― 2019年01月04日 22:33
白く塗られたギリシャ風の家の中庭の風通しのよい木陰の下で、すっかり白いものが目立つようになった髪に、深い皺の刻まれた顔を上に向けた男が、豊かな腹をゆっくりと上下させながら午睡をとっている。男の黒く太い眉は、男がトルコ系の血をひいていることを物語っている。男は心地よいまどろみの中で、今はフェンスの向こうになってしまって行くこともできない故郷の小さな村での幼い日々を思い出している。
少年は、羊飼いだった祖父について、よく放牧のための山に登った。牧草地には澄んだ空気が流れ、サンサンと光が降り注ぎ、牧羊犬が無邪気に走り回った。少年は、その牧羊犬の後を追った。祖父は谷の向こうの羊飼いの友人と指笛で言葉を交わした。早く一人前に指笛が吹けるようになりたいと思ったものだった。
男の結婚式の日、村中の人々が総出で祝福してくれた。独特なリズムを刻む伝統的な音楽のアコーディオンの調べにのって、誰もが手に手を取って踊った。花嫁の純白のドレスの裾が、回転する度にふわりと優雅に舞った。テンポの早いワルツを踊りながら、彼女の可憐な唇にキスをした時、髪に挿してあった白い花がハラリと落ちた。
懐かしい夢想が、呼鈴の音で中断された。長年連れ添った妻が亡くなった後、足の悪い独り身の老人の世話をしてくれる家政婦がいつもの時間にやって来た。老人はふしくれだった大きな手で、家政婦の運んできた白濁したウゾ(ギリシャの蒸留酒)のグラスをつかむと、遠い視線を夕暮れの西の空に投げかけた。
アルハンブラの想い出 グラナダ ― 2019年01月09日 23:47

まだ白い雪をかぶったシエラネバダの山並みが遠くに見える。
赤茶けた小高い丘の上に建つアルハンブラ宮殿の中庭のライオンの噴水から冷たい雪解け水がこぼれている。アルハンブラとは、アラビア語で「赤い城塞」という意味であるが、その名のとおり赤褐色の堅固な城壁に囲まれた城塞である。外側のむき出しの石の殺風景なイメージと違い、内部は繊細な装飾が床から天井まで続き、それは息をのむほど美しい。中庭の回廊に立っているアーチ型の柱、アラベスク模様やアラビア文字で壁面を飾る色とりどりの美しいタイル、蜂の巣のような無数の窪みをもった大理石の天井。すべてがイスラムのモーロ人の王が暮らしていた頃を彷彿とさせる。

当時、王は多くの後宮の女たちを前にして、アラヤネスの中庭の池に一つの熟れたリンゴを投げ、それを最初に手にした者をその夜の夜伽の相手としたという。ふっくらとした白い腕やよく引き締まった褐色の背が水を切って泳ぐ音や笑い声が今にも聞こえてきそうだ。泉は今日も澄んだ水を満々とたたえて明るい午後の日差しにキラキラと輝いている。鏡のようになった水面にその影を落としている石造りの方形のコマレスの塔には、囚われた王女が幽閉されていた。塔の窓から見える景色は、宮殿の中庭とシエラネバダに続く深い寂しげな森だけだ。

今は観光客で賑わっているこのアルハンブラも、1829年に外交官であったワシントン・アービングが友人と二人でセビリアから
はるばる馬でやって来た頃は、訪れる人もなく、宮殿も手入れされることなく荒れ果てて、天井には蜘蛛の巣がはっていたという。アービングの本によると、その辺りには山賊も横行していたらしい。当時、罪人や王の怒りをかって死んだ人々は、明け方に

小径を通ってヘネラリーフェ庭園に行くと、アンダルシア風の
日が落ちると昼間の眩しいほどの日差しが嘘のようにひんやりとして、頬にふれる空気が心地よい。見上げると、澄み渡った夜空に満点の星がきらめいていた。丘を歩いて下って行く途中で、通りがかった家の庭からタレルガの「アルハンブラの想い出」のメロディが流れてきた。町の灯りが近づくにつれ、ギターのトレモロの音が次第に遠ざかっていった。
アスワン ― 2019年01月12日 00:35
ナイル河では、今でも伝統的な帆掛け舟ファルーカを目にすることができる。ファルーカは風を受けてジグザグに進む。褐色の肌のヌビアの青年がファルーカを巧みに操る。グレーのガラベーヤ(エジプトの民族衣装)に鮮やかなクリーム色のストールが映えて美しい。木の舵棒を足の間に挟んで立ち上がると、少し大きめのタンバリンのような太鼓を叩きながらヌビアのリズミカルな歌を陽気に歌う。
トルコ石のように明るく晴れた青空と、サファイアのように深い青をたたえたナイル河。それらの青いフロアの上を、いくつものファルーカの白い帆がまるで白いドレスをまとった乙女たちのように流れるように優雅にダンスのステップを踏む。
西岸に目をやると、リビア砂漠につながる砂の山が、午後の陽をうけてトパーズ色に輝いていた。風紋によってその表情を変える砂の大地は、さながら何気なく置いた黄金色のシルクの布のようだ。
夕方、アブ・シンベル神殿に向かう小型飛行機の窓の下には、無人の砂の海が波打っている。人家はもちろんのこと、通りも植物も見えない。地平線の彼方まで果てしなくベージュ色の砂の大地が広がっている。西に傾いた太陽が、右前方に見える。真っ赤な太陽が西空をオレンジ色に染め、砂の大地を燃えたたたせる。すでに夜のとばりに包まれ始めている後方の砂丘はコーヒーのような濃い褐色の中に沈み、西の地平線はオレンジがかった黄金色の光に満ちている。そこに、今、まさに大きな太陽が一日の仕事を終えて横たわろうとしている。やがて、それは見る見るうちに夜の大地に飲み込まれた。あとは残照に紅に染まった雲が大地に沿うように横にたなびいていた。地上には明かり一つなく、星が手にとれそうなほど近くに見えた。
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