天の河地の河 パキスタン 52019年02月23日 16:16

 いつのまにか樹の幹によりかかって眠ってしまった少年は、山羊に顔をなめられて目を覚ました。辺りはすっかり薄暗くなっていて、冷たい風が吹いている。くしゃみを一つして立ち上がると、慌てて山羊を集めて家路についた。
 「ただいま」
 暗い家の中は、何の物音もしない。
 「おじいちゃん!」
 声をかけながら部屋の中に入る。少年の祖父が下を向いて絨毯の上に座っている。チャイ(紅茶)のコップが横に倒れて、赤いアラベスク模様の絨毯の上に黒い染みをつくっている。
 「ねえ、おじいちゃん」
 もう一度声をかけながら肩に手を触れると、そのまま斜め前に倒れてしまった。まるで静かに眠っているような安らかな死に顔だった。
 少年は泣きながら外に出て、夜空を見上げた。山の澄み渡った空に満点の星が輝いている。天にも河が流れていて、天にも人や動物がいることを教えてくれたのも祖父だった。天の河が雪山の向こうに流れこんで、それが地の河につながっているのだと。死んだ人は地の河をさかのぼって天の河にたどりつくと・・・そして、心の中で呼べば、いつでも会うことができるのだと・・・しかし、今は、少年は知っていた。二度と祖父の自分を呼ぶ声を聞けないと。祖父がたくましい胸に自分を抱きしめて、ふしくれだった手で背中を撫でてくれることは二度とないと。もう髯もじゃの頬で、頬ずりをしてくれないと・・・
 涙で潤んだ瞳に天の河はぼやけてゆがんでしまった。眼下では、地の河が静かな水音をたてながら夜の闇へと流れこんでいた。 (終わり)