金刀比羅宮2019年07月06日 16:34

 江戸時代には「一生に一度は金刀比羅宮(金毘羅宮)参り」と言われていたぐらい庶民の信仰を集めていた金刀比羅宮は、香川県の琴平町にある。そこは、1時間に2~3本の琴電とJR土讃線の終着駅であり、参拝客の途絶える夕方には通りを歩く人の姿もすっかり少なくなる静かな町である。

 

 御本宮が標高521mの象頭山の中腹にあるため、そこへ登るための階段の長さでも有名である。専用の駕籠(有料)に乗って登り下りすることもできる。登り始めは階段の両側に讃岐名物のうどんや一刀彫などを並べた土産物屋が立ち並び、大門や社がある所など要所要所に何段目まで登ってきたのかわかるような標識が立てられている。

 

 5月の午前中とはいえ晴天に恵まれたこともあり、登るにつれ全身から汗が噴き出てくる。参道の入口から御本宮までは785段。その奥の更に細い山道を登ること583段(入口から1368段)、かつては修験道の場でもあったという奥宮の厳魂神社に到着する。

  

 

 ここ数十年の通信網の発達や高層住宅の増加や街の景観の変化には目を見張るものがあり、便利になったことはありがたく感じているが、自分の2本の脚だけを頼りに、時間を気にすることなく山道をゆっくり歩いていると、数百年前からそれ程大きく変わっていないだろう空間の中に身をおくことの気持ちよさを感じた。

 特に御本宮から奥社へとつづく道は路面が歩きやすいように整備されているものの、周囲は山肌に自生する大木が繁っている細い道で、光を遮る木陰と爽やかな風が心地よかった。

  

 

※写真1 手前の金色のプレートに、「あと少し、御本宮まで133段!登って幸せ。福が来る!」と書かれている。

写真2 御本宮(南側面から)

写真3 南渡殿(長さ約40mの檜皮葺の屋根をもつ木造の渡り廊下が美しい)

写真4 厳魂神社




真昼の光の中で チュニジア12019年07月21日 18:19

  

 真昼の強い日差しが石造りの白い外壁に反射して眩しい。半袖の服からでた腕や、靴から出た足の甲がチリチリと焼けるようだ。メディナ(旧市街)の通りは狭く迷路のように複雑に入り組んでいて、ただ目くらめっぽう歩いていると、いつのまにか袋小路に行き当たって、またもと来た道を引き返すようになってしまう。せり出した家の陰になった所に入ると、冷蔵庫の中に入ったように乾燥した空気が肌にひんやりして心地よい。馬蹄形に縁取られた中の明るいブルーに塗られた木製の入口の扉は、いくつもの鋲が打ち込まれ芸術的な幾何学模様を生み出している。大空のぬけるような青、地中海の澄んだ青、眩しいくらいの白い家々、装飾された扉の青、その強烈なコントラストが真昼の夢幻の世界へと導いてくれる。

  

 内陸に行くにしたがって空気が乾燥し、白と青の世界からベージュ色一色の世界になっていく。赤茶けた大地に、規則正しく植えられた地平線の彼方までつづくオリーブ畑。まるで軍隊の行進のように縦・横・斜め、どこから見てもきれいに整列している。車でいくら走っても、走っても、家も人も見あたらず、同じ景色が延々とつづく。

 やがて町が近づいてくると、パラパラと石造りの四角い家が見えてきて、それがだんだんと増えてきて通りの両側に家並みがつづく。カフェには、強い日差しをさけて男たちが水パイプ片手に何をするでもなく通りの方に顔を向けて、時を過ごしている。女性の姿は全く見あたらない。薄汚れた黒い犬が体を丸めてカフェの石の床に横になっている。昔ながらの食料品兼雑貨屋。文字は異なっていても、どこに行っても見かけるファンタと赤地に白のコカコーラの看板。自動車の修理工場なのだろうか。廃屋のようなガランとしたガレージに油で黒く汚れたモーターや計器、自動車のタイヤなどが、そのまま床に雑然と置かれている。ロバに引かせた荷車の横を歩く日に焼けた老人。ほどなく、続いていた家並みは途切れてしまう。そして、再び見晴らしのよい乾燥した大地の一本道をひた走る。 (つづく)

   


 

真昼の光の中で チュニジア22019年07月28日 08:34

 

 

 地平線の彼方まで見渡せるような平たい大地に古代ローマ時代の遺跡が数キロにわたって広がる。角の丸くなった石畳の通り。小さく仕切られた個人の住居跡、美しいモザイクの床がある貴族の館、神殿へとつづく聖なる道、今は見る影もないが美しい柱頭をもった円柱の回廊で囲まれていたであろう公共の広場アゴラ、ローマ人につきものの巨大な複合施設を備えた公衆浴場、洗礼のための水盤が残る礼拝堂、そして、最高神ゼウスのための神殿を中央に、左には知恵の神ミネルヴァ、右にはゼウスの妻ヘラの神殿がそれぞれ数段の階段の上にそびえている。修復された3つの神殿は遠くからでも、その姿がわかる。大きな方形の石が敷きつめられたアゴラは、所々石が割れていたり、石と石の間のわずかな隙間から緑の草と小さな白い花が顔をのぞかせ、時の流れを感じさせる。

 

 

  ミネルヴァ神殿の階段を上がりかけると、大粒の雨がポタポタと落ちてきた。見上げると、先ほどまでの青空が嘘のように、墨を流したように地平線の方からどんどん鉛色の雲がものすごい速さで押し寄せてくる。辺りが暗くなってくるのと同時に、激しい風が吹いてくる。雨が、風が、横殴りに強く吹きつける。車に引きあげるために遺跡の中の道を車道に向かって急ぐ。しかし、向かい風になると、風に押し返されて、もはや一歩も進むことができない。そして、砂や小石がパチパチと足や顔に当たり、猛烈に痛い。手で顔を覆うようにして、下を向いて車に急ぐ。雨がだんだん激しくなり、乾いた砂にまみれた淡いベージュ色の遺跡全体が雨に濡れて、濃いベージュ色に変わっていく。遠くの方で、雷鳴がとどろく。すっかり暗くなった空に、稲妻が走る。やっとのことでバスに乗り込んだ途端、バケツの底をひっくり返したような大雨になり、バスの屋根を叩く雨の音以外、何も聞こえなくなる。

 

 しばし雨の中に閉じこめられた後、雨は降りだしたときのようにまた突然上がり、明るくなりだした空に七色の虹の橋がかかった。雨に濡れて陰影の濃くなった広大な遺跡。左手の地平線の彼方にゼウス神殿をはじめ、3つの神殿がまるで小さな丘のように見える。その足元に立つと、人間は自分の小ささを感じてしまうような、見上げるほど巨大な円柱と切妻型の破風からなった神殿も、これだけ距離が遠くなると、遺跡全体がまるで箱庭のように小さく見える。 (つづく)